The beauty of true nature
自然本来の美しさを
写し出したい
石川肇
Photographer Hajime Ishikawa
「水平線のある景色が撮りたい」と、国内外の美しい海辺を撮影している石川肇さん。「水辺の旅」をテーマにした写真は、旅人が出会う非日常的な刺激と、自然が持つ力強さや美しさを、観る人に訴えかけてきます。
陸上と違って縦や横の直線が存在しない水中は、360度が被写体。「感じたようにシャッターを押せばいい」と言う石川さんに、水中写真の魅力と撮影テクニックについて、お話をうかがいました。
Section
景色も魚も、海中では
2度と出会えない一瞬の繰り返し
Treasuring each encounter
- 石川さんが、カメラマンになられたきっかけを教えてください
子どもの頃から絵を描くのが好きで、習っていて、その延長線にカメラがありました。天文写真を撮りたいと、見よう見まねでカメラを始め、家にあった一眼レフカメラで撮った最初の被写体は「月」です。
その後、20歳の頃にダイビングを始めて、この目で観た海底の美しさを写真で残したいと、水中写真を始めました。でも、これが難しくてなかなか思うように撮れなかったんです。そこで、27歳の時に、「水中造形センター」のカメラマンになって、実践で技術を学びスキルアップにつなげていきました。
- 水中カメラマンとして、ご自身のテーマは何ですか
水平線のある景色が好きで撮りたくて、そんな場所に通い続けています。僕のテーマは「水辺の旅」です。水中では、水の中にいる心地よさが伝わるような、そしてキラキラした太陽光線の生命力のある強いトーンの写真を撮っています。
海の中に広がる景色や魚たちは、2度と出会えない一瞬の繰り返しです。一般の人が、普段見られないこの瞬間を伝えることができるのは、カメラマンとしての醍醐味であり、水中写真の魅力です。
美しいだけじゃなく、厳しい食物連鎖の現実など、非日常のシーンを通して、人によっては環境保護について、もっと考えるきっかけになるかもしれないし、とりあえずそこに行きたくなるかもしれない。写真は、そんな「力」を持っていると思います。なにより、表情があって可愛らしい海の生物の、ありのままの姿を知ってもらいたいですね。
Section
水中では360度が被写体。
感じたようにシャッターを切ればいい
In the sea, every shot can be perfect
- 広い海の中では、いつ、どんな生き物に出会うかわかりません。自由が効かない水中で、どんな構図で撮ればいいのでしょうか?
良い写真といわれるものには、「希少性」や「ユニークな仕草」「構図」など、様々な観点があると思いますが、僕はいつも「観て感動した、そんなシーンが写ってさえいればその人にとって最良の写真」だと思っています。海の中は陸上と違って、縦や横の直線は存在しないので360度、自分が感じたようにシャッターを押せばいいと思います。
- イーストオブエデンの写真は、ダイバーが吹く泡もなく、海水の流れも感じない静かさ、そして小さな生き物の生命力を感じえた一枚だと思います。撮影条件そして技術的な配慮を教えてください。
フラッシャー系の求愛行動は、見ている分には面白いですが、撮影は難しいです。素早く動き回り、一瞬だけしかヒレを開かない。ピントを合わせている間に何処かに行ってしまう。
そんな状況ですので、コンパクトカメラではよほど慣れた人でない限り、始めから狙わないほうが無難でしょう。
この場所は少々深かったので、時間をかけると無減圧時間を越えてしまいます。それでも、という方は、徐々にタイミングがつかめるまで、とにかくシャッターを数多く切ってみてください。
- 海藻の中に身を潜めるハナビラクマノミの表情がかわいいですね。こんなふうに、小さな生き物を撮るマクロ撮影のポイントを教えてください。
この海は比較的生物に近寄りやすく、砂地に棲むハゼなどもゆっくりと寄っていけば、かなり近付いて迫力あるクローズアップを狙うことが可能です。
この写真は、レンズから被写体までの距離が30cmほど。カメラによってセッティングは異なりますが、一般的にはストロボも含めてフルオートで撮れるようにしておくと便利です。
写真を始めて間もない方は、基本的に動き回る魚は深追いせず、キレイで近寄っても逃げないミノカサゴやキンギョハナダイなど、撮りやすいものから狙ってみてはいかがでしょうか。
- ホワイトロックの写真のように、キラキラして反射率の高い魚の群れをどうやってきれいに撮影できるのでしょうか。
ヒカリモノを撮る場合、ストロボの光で失敗するケースもあるので、ストロボを使う、使わない両方で、数多くシャッターを切っておくのがいいですね。
Section
生態的な面白さを、
臨場感のある美しいシーンに残すために
Feel the wonders of nature, alive
- 石川さんが、タイの海で見つけたいと思った生き物は、どんな種類ですか?
タイならではの固有種を中心に探して撮っています。そして、できるだけ、補食や求愛行動など、生態的な面白さの一瞬を待ちます。イーストオブエデンのようなタイプですね。
タイガーテール・シーホースは、被写体の形が分かりやすく、撮りたい生き物だったので、何度も何度も位置を変えながら多く撮った中の一枚です。背景の感じもつかめるような距離を、行ったり来たりして時間をかけた力技でした。
ホシカイワリがカマスの群れにアタックしている、この補食シーンは長い時間行われていたので、比較的とり易かった1枚です。臨場感がありながら、美しいシーンになるようにと撮りました。ムービーならもっと臨場感を出しやすいんですが、写真には写真の良さがある一枚です。
- 写真Lak Kaseは、ダイバーが写っていても風景の一部であったり、被写体、そして海の生き物しか写っていません。ご自分のも他のダイバーの泡もない。撮影する石川さんの流儀のようなものはありますか?
実はこの時、潮の関係で透明度が5~10mと悪く、それをカバーする意味でできるだけ水を入れないようにした写真です。それと水中の青色の反対色である「赤」は、華やいだ雰囲気を醸し出す重要なスパイス役なので、できるだけ完成度を高めました。
じっと同じ場所で、アングルやカメラのモードを変えながらシャッターを切ります。いつも、だいたい20~30回は切ります。
- お薦めのカメラ機材はありますか?どんな時に、どれを使いますか?
プロ機と趣味で楽しむ範囲の機材は別の次元なので、一概にはお薦めできませんが、イーストオブエデンを撮った、ニコンの60マクロは、暗い水中でもオートフォーカスが正確に作動するので、ピント合わせに自信のない方には絶対にお薦めします。
- 気に入っているレンズは?どんな時にどんな風に使いますか?
写真はレンズによって表現がまるで変わりますので、趣味として楽しみながら様々なレンズ(コンバージョンレンズ含む)でバリエーションを増やしてはいかがですか? マクロとワイド、常に両方にチャレンジすることで視野が広がります。
- 水中撮影で好きなシーン、また、陸上で撮影されるときのお気に入りの風景を教えてください。
僕が好きなシーンは、海底から見上げた水面越しの空です。水中にいるときは、太陽や雲が広がる大きな大気を感じたくなります。逆に、陸上からレンズを向けるときの被写体は海です。水面という境界線から、水中と地上という異なる世界を写したいんです。家を離れて旅に出たとき、家族や大切な人を想うような気持ちに近いかも。
トラン県のエメラルドケーブやシュノーケーリングの写真は、ダイバーに限らずビーチリゾーターにも撮りやすい構図です。シュノケーリンの写真は、海面に近い場所で、空が紫、海が青く、海底は真っ白、そして被写体の影が海面にも海底にも写っています。こういった写真は、安価で一般の方でも水中での装着が可能な、ワイドコンバージョンレンズをお薦めします。
Section
おすすめ撮影スポットは、リチェリューロック
Richelieu Rock, for your first choice
- 生き物を撮影するのによいスポットはどこですか?
タイを代表するダイビングポイントであるリチェリューロックは、いかにもタイらしいダイナミックなダイブスポットです。固有種やタイの海を代表する生物も多くて、写真がとりやすい。ただ、被写体は同時に現れるのでマクロもワイドもと忙しい作業になります。ライトやカメラフックなど、充実した装備があれば、次々に現れる被写体を楽しみながら写真が撮れるはずです。
ちなみに、マンタやジンベエザメは「時の運」と思ったほうがいいですね。出会えたらラッキーです。 このスポットに生息するトマトアネモネフィッシュが、ゆっくりと泳ぐ姿をマクロで撮っています。水中写真の場合、透明度の関係からワイド写真で場所を説明することが難しいので、とにかく魚との出会いを楽しみに、現地に行ってみてください。
- リチェリューロックは、流れが早いと聞きましたが、流れの早い場所、そうでない場所で、気をつける技術的な観点などをご指導ください。
流れの速いときは、魚の集まる潮の先端に移動します。いかにもタイらしい魚影の濃い写真も、そんなふうに撮っています。案外苦労するのですが、とにかくセイフティーファーストで、安全面に十分気を使いながら写真を撮っていただきたいです。
Section
シャッターを切るときは、
素晴らしい風景へのオマージュを感じる
Paying homage to nature's treasure
- 80カ国以上の海に潜って、水中写真を撮り続けている石川さんが伝えたいことを教えてください。
僕が写真を撮り始めた30年前に比べて、水中やビーチの自然の美しさは、どんどん損なわれています。僕たち人間が、便利さや快適さと引き換えに失ったものは、はかりしれないくらい大きいと思います。 僕の写真は、本来自然が持っていた美しさを撮ったものです。シャッターを切るときは、素晴らしい風景へのオマージュのような、いえむしろ、願いに近い気持ちです。ありのままの汚れたビーチや、ダメージのある珊瑚礁を写すと悲しくなるので、僕は写したくありません。
まずは、一度皆さんの眼で美しいタイの海を観て、感動していただきたい。旅行の楽しさや非日常への期待感を含めた、旅の醍醐味を味わってほしい。僕は今後もその為の仕事をしていきたいです。