The magnificence of nature's heartbeat
雄大な自然の生命力を伝える
風景写真を撮る
久世宣孝
Photographer Nobutaka Kuze
長年タイに住み、写真との出合いをきっかけに、この地の魅力を再確認している久世さん。会社員として仕事をしながら、週末カメラマンとして各地に出かけて、自然や人々を撮影。
その作品は各所で高い評価を受けています。こまめに調べた撮影スポット、その美しい写真についてお話を伺いました。
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写真は言葉に勝る「普遍言語」
Photos, the universal language
- 写真を始められたのはいつごろですか?
2008年に社員旅行でチャアムに行った時に、社長から一眼レフを借りて、その写りの違いに驚き、キヤノンのEOS Kiss X2を購入しました。翌年、シーラーチャーで撮影した夕日の写真2点が、写真集『空の色彩、雲の流れ』(楓書店)に掲載され、写真を見た人々と感動を分かちあう喜びを知り、さらにのめりこむようになりました。
写真は言葉に勝る「普遍言語」です。発表することで、自分の写真が世界の何処かで見知らぬ人の共感を呼ぶ、その表現手段の魅力と可能性を確信しました。
- Flickrへの投稿から、写真を買いたいというオーダーがあったとか?
2010年、写真共有SNS、Flickrへの投稿がきっかけでGetty Images、Picsean Mediaで、写真が販売できるようになりました。
Getty Imagesの場合、コントリビューター(販売写真の提供者)になるには複雑な審査がありますが、Flickrの設定をしたうえで、もしGettyimageの編集者が興味を持てば、販売できます。
Picsean Mediaも、Flickrで私の写真に興味を持った編集者からコンタクトがありました。
この年は、9月に、アジア・ラグビー・ジュニア選手権の写真が、時事通信バンコク支局配信ニュースに掲載されたのを皮切りに、『ラグビーマガジン 11月号』(ベースボールマガジン社)、ドイツの観光雑誌『Thailand des Reisemagazin』に写真数点が掲載されました。
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季節の移り変わり、
自然風景の変化を意識してシャッターを切る
Season and time makes the difference
- 撮影する上で、タイの魅力って何でしょう。
1994年に初めてタイを訪れた時に、ドイ・インタノン国立公園の森と滝に魅せられました。パーテーム国立公園の絶壁から眺めたメコン川も格別。チェンライ県で自然と調和した素朴な生活を営む少数民族、パンガー県ヤオノーイ島で一緒に漁に出た漁民、共同で村の森を守るイサーンの農民、エコツーリズムを村おこしに活用しようと奮闘するプラチュアッブキリカン県の学校の先生、チャイヤプーム県の「森の寺」を拠点に自然と調和した生き方を諭す開発僧、上げればきりがありません。彼らと一緒に歩いた名もない森や川、一緒に船で巡ったマングローブ林や海を、もう一度訪れて写真に収めたいと思います。
- どんなことを意識して撮影されていますか?
いつも季節を意識しています。タイは「常夏の国」というイメージがありますが、乾季と雨季があり、乾季は寒季と暑季に分かれ、雨季も雨の少ない5~6月頃からスコールの多い8月頃、雨量が増える9~10月頃に分かれています。
日本の四季ほどドラスティックではありませんが、季節の移り変わりに伴って、自然風景が変化していきます。ですから、自分の撮りたいイメージに合う季節、例えばある滝は雨季の終わりがいいとか、夕日が綺麗に見えるのは何月頃か、ということを、撮影旅行計画を立てる前に考えます。
そして、気に入った場所には何度も通います。定点で違う季節・違う時間に撮影することで、新たな風景を発見したいのです。ロケハンの効率も上がりますし、何時頃に太陽光線がどんな状態になるかを予測できるようになります。また何度も通って、その土地の人々と仲良くなると、とっておきの撮影スポットを教えてもらえたり、ポートレートを撮る時も、お互いに緊張せずに撮影できます。
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出合ったシーンや撮りたいイメージによって、機材を選ぶ
Scene, image, and then gear
- 愛用されている機材と使い方のポイントを教えてください
カメラは、Canon EOS 5D Mark II とCanon EOS 7D を併用しています。ぶらっと街歩きするときは、Canon Powershot G12 あるいはOlympus Pen E-P2 を持ち出すこともあります。
【滝】滝の流芯を心象的に狙うなら、望遠レンズ(70mm以上)。滝と滝の周辺風景(特に前景)などを絡めて切り撮る場合は、広角レンズ(16mm、24mm、35mm)を使います。
【朝日】朝日に照らされた風景や、朝の青い光をイメージすることが多いです。メインの被写体に寄って、周りの朝の風景を入れるような構図が好きなので、広角レンズ(16mm、24mm)を使っています。
【夕陽】感動的な沈む太陽を大きく写しこみたいので、「圧縮効果(遠くのものを引き寄せて見せる)」を持つ望遠レンズ(200mm、それ以上など)が良いのではないでしょうか。前景と夕日が重なるような構図を探すといいかもしれません。
【水】渓流のような流れの動きを止めて撮りたいなら、開放絞り値の小さい明るいレンズの方がISO感度を上げずにシャッタースピードを稼げます。ISO感度を上げれば、絞りながらシャッタースピードも稼げるので便利ですが、画質とトレードオフです。逆に水の流れを絹糸のようになめらかに撮りたいなら、レンズの開放絞り値をそれほど気にする必要はないかと思います。シャッタースピードを0.5秒以上にする必要があるため、シャッタースピードや絞りを調整できるカメラだと便利ですね。
【花】花畑の広さを強調したいなら、メインの花に広角レンズで寄って、周りを写し込みます。でも、花が密集していないと寂しい絵になりかねないので、花畑の密集度を見せるために、望遠レンズの「圧縮効果」を使って、前景の花と後景の花が重なって見えるような構図を探すと良いと思います。でも一番出番が多いのは、マクロレンズですね。撮りたい花を大きく、美しく、ボケに包まれた様子を幻想的に撮れます。
【動物】子どもと同じで動きが予測できません。野生動物は近づきすぎると逃げてしまいます。出番が多いのは、開放絞り値の明るい望遠レンズで、被写体に近づかずに大きく写すことができます。また開放絞り値が小さく、明るいレンズなら、曇りの日や明け方、夕方など太陽光の少ない時でも、シャッタースピードを稼ぐことができますので、予測できない動きをする被写体を狙う時も、しっかり写し止めることができるでしょう。
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風景をイメージどおりに撮るために、
事前の情報収集はとても重要
Perfect research, perfect image
- 知らない場所で撮影する場合、情報収集やアクセスはどうしているのですか?
インターネットである程度目星を付けたら、国立公園事務所やタイ国政府観光庁の県事務所に電話をかけて情報収集をし、Google Earthで周辺施設やPanoramioにアップされた写真などを見て、どのような写真が撮れるのか確認します。タイは隅々まで立派な道路網が整備されているので、撮影スポットまでは、基本的に車です。
風景写真は、朝と夕方が勝負といわれています。朝焼けから朝日が昇るまで、夕日が沈んで夕焼けが綺麗に出る時間帯は、風景写真のゴールデンタイムです。この時間帯は、太陽光が斜光で入るので被写体が立体的に撮れます。たいてい、この時間帯の少し前に撮影スポットに入り、おおざっぱに撮影ポジションを決めます。ここから先はどんな風景と出合えるか、運ですね。
- こちらは、広がり感のある力強い写真ですね。
プーケット島の有名な観光名所、プロムテープ岬です。夕日を入れる構図をイメージしていたのですが、水平線上に雲が出ており、綺麗な夕日が望めず、日没地点が岬の先端の延長線上ではなかったため、夕日と岬はあきらめました。そこで、特徴的なヤシの木のラインと岬のラインを中心に構図をつくり、綺麗な夕焼けと夕日に染まる海をイメージしました。
残念ながら夕焼けは思ったほど鮮やかではなく、NDフィルターを装着して露光時間を長くし、色乗りを濃くするとともに、ヤシの葉や波をブラして絵画的な雰囲気にまとめてみました。
- この夕景は、自分がそこにいるかのように、現実的に心に飛び込んできました。
イサーンの名峰プーグラドゥンの麓の貯水池です。台形型の山の向こう側に沈む夕日に輝く、夕焼け雲を主役にとイメージしていましたが、薄い雲しかありませんでした。
何かアクセントがほしいと思っていたところ、定置網を仕掛ける村人の小舟がゆっくりと現れました。すかさず構図を変えて、小舟を前景に入れました。
あたりはだいぶ暗くなっていたので、ISO感度を400に上げると共に、被写界深度を慎重にチェックしながら絞りを開けました。広角レンズを使って、シャッタースピード50分1秒、絞りF5.6です。村人が家路に就くために、夕焼けに染まった湖面をゆっくりと漕ぎ出すタイミングでシャッターを何度か切りました。
- 霧に包まれた清々しい森の空気感が伝わります。
この場所はドイ・インタノン国立公園で、滝の水量が適度にあり、緑が生き生きとしている11月の朝霧が出ている時間帯を狙って行きました。事前の情報収集のかいがあってイメージどおりの風景に出合えました。長期滞在できない「週末カメラマン」にとっては、撮影の成否の半分以上は事前の情報収集で決まります。
この滝の定番である展望台から狙う構図ではオリジナリティがないので、慎重に滝壺に降りて、いろいろな構図を試してみました。
確実にパンフォーカスで撮るために、絞り値は回析現象が出るギリギリのF16に、シャッタースピードは5秒。滝の対角線上である手前右に、白い小さな花を入れて構図を整えて撮影しました。
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定番構図と違った、
他の人がまだ気づいていない自分だけの構図を探す
My one and only
- 「カオレーム・ダム湖」はシンプルですが、安定した構図ですね
これは、日の丸構図といって、主役の被写体を真ん中に持ってくるものです。平凡な構図になってしまうことも多いですが、脇役の左右の構造物と朝日が昇る遠くの山並みが平凡さを消してくれたと思います。また湖面の波が広角レンズのデフォルメ効果で、中心から手前側に斜めに走っており、奥行き感を出す役割を担っています。
ここは、カンチャナブリー県サンクラブリー郡のカオレーム・ダムで、中央はダム湖に沈んだ寺院です。乾季になると湖面に姿を現し、幻想的な光景を見せてくれます。撮影ポイントまでは、チャーターしたボートで行きますが、ボートは動いているので、ぶれないシャッタースピードが必要です。場合によってはISO感度を上げて対処します。
また朝日を逆光状態で撮るので、露出に気を使います。明るい部分に露出を合わせてしまえば、主役の寺院は完全に黒くつぶれしてしまうでしょう。逆に寺院に露出を合わせると空を含めて明るい部分が広範囲に白とびしてしまいます。できる限り、段階露出で何枚か撮っておき、あとでコンピューター上で現像する際に、シャドーを起こし、ハイライトを抑えるなど露出を調整するのがよいと思います。
- 構図を決める時に、大切にしていることは何ですか?
写真の教科書には、黄金分割とか3分割法という言葉が出てきます。やはり構図の安定感は大切だと思います。写真を始める前から広告写真や絵画などを見てきて、3分割法的な構図は感覚的に理解しているつもりでいます。
そのほかには水平垂直です。特に水平が取れていないと、どうも収まりが悪く感じてしまいます。あえて水平を崩して動きを出すということもあるでしょうが、私は意識的にそういう構図で撮ったことは今までありません。できれば垂直もきちんと取りたいと思う方です。
また、いつも遠近感を演出することを考えています。前景に何をどのくらいの配分で置くか?ボケの量はどうするのが良いのか?試行錯誤しながらシャッターを押しています。写真は2次元の世界ですから、遠近感を意識しないと平面的な絵になってしまいます。
どんなに有名な観光地でも、皆が撮らない写真を撮りたい。定番構図と違う、他の人がまだ気づいていない自分だけの構図を探そうと模索します。
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おすすめの場所は、
エメラルドグリーンのエラワンの滝
The fabulous emerald green waterfalls in Erawan
- おすすめの撮影スポットを教えてください。
バンコクから4時間程度で到着する、カンチャナブリー県のエラワン国立公園にある、エラワンの滝をおすすめします。全長1,500メートル、主要7段の美しい滝です。エメラルドグリーンの滝壺が神秘的で、そこには蝶が飛び交い、タイ人や欧米人の観光客が水浴びをしています。滝への遊歩道も整備されていて、普段歩き慣れている人であれば、軽いハイキング感覚で滝めぐりができると思います。
一番のおすすめは、この写真の場所でもある3段目です。水が澄んでいるので、滝壺に泳ぐ魚たちがはっきり見えます。時間に余裕があれば、滝を撮影したあと、バンコクに戻る前にクウェー川鉄橋に立ち寄ったり、ナコーンパトムの巨大仏塔を見学したりできると思います。
同じ滝でも、タイの地域によって、地理・地勢的特徴が異なるため、石灰石が水に溶け込んでエメラルドグリーンになるこのエラワン滝以外にも、太古の時代の溶岩が浸食されてできたイサーンの滝など、さまざまな特徴を持った滝に出合うことができます。
- 久世さんにとって写真を撮るということはどんな意味がありますか? また、今後の目標を教えてください。
私にとって、写真を撮るという行為は、自己表現のひとつです。シャッターを切るカメラマンは黒子ですが同じ道具を使っても、写真を見れば誰が撮ったものかわかるから不思議です。撮影者の人柄、思想、感性が被写体を通じて写真に写り込むのです。
写真を通じて自己表現をしたいという衝動に駆られるは、私の場合、今の自分の生き様に満足していないということかもしれません。「本当の自分」「もう一人の自分を表現したい」のだと思います。
まだまだタイには魅力的な被写体がいっぱいあり、行きたいところが盛りだくさんです。会社勤めをしているので時間的な制約はありますが、これからも時間を作って、魅力的なタイの自然と文化、人々を撮っていきたいと思います。留学時代を含めタイとタイの人々から多くのことを学ばせてもらいました。これから写真を通した恩返しができれば最高です。
いつか、自分なりに捉えることのできた「タイという国の魅力」を、写真と文章でまとめてみたいという夢があります。タイの皆さんにも見てもらうために、もちろんタイ語も添えたいと思っています。