タイを訪れると友だちが増える。ちょっとしたきっかけが良い出会いとなる。書籍『New New Thailand』の制作でバンコクを訪れていた取材の合間、いつものように友だちのカフェへコーヒーを飲みに行くと、カウンター席、隣に座っていたのがパイラ ( Pyra ) だった。ちょっとしたきっかけで話を始める。「何しにバンコクに来たの?」。彼女のそんな質問に、作っている本の話をすると、ググッと前のめりになって興味を持ってくれた。彼女は自分がミュージシャンであること、これからやりたいと思っていることをたくさん話してくれた。独特なヴィジョン、これからやろうと思っていること、ひとつひとつの言葉が自信に満ちあふれている。その姿はとても強くてしなやかでかっこよかった。
教えてくれた彼女のInstagramをフォローした。それから彼女があのカフェで話してくれたことをどんどんと実現していく様子を画面越しに見る。パンデミックの最中、バンコクからロンドンへと引っ越し活躍の場を広げていたが、今回ちょうど同じタイミングでバンコクへ戻っているという彼女に連絡を取って会うことになった。
久しぶりに会ったパイラ。髪はヒョウ柄。そして手の甲にはユニークな模様のタトゥーが入っている。その独特な雰囲気は相変わらずだ。
―――手のタトゥー面白い模様だね。
「バンコクのチュラロンコーン大学時代のクラスメイトが入れてくれたタトゥー。彼は建築学部を卒業しているから、このタトゥーのラインも独特でしょ。これはロータスの花。私の曲「White Lotus」という曲から入れてもらったの。ちなみにその曲は『エヴァンゲリオン』のコミックから影響を受けて作った曲。」
―――どうして手の甲に入れたの?
「自分の道で生きていくために入れたんだと思う。手にタトゥーが入っている人なんてほとんどの会社は雇いたくないでしょ? そうなったら自分でやるしかないから。日本の温泉には入りたいけど(笑)。私の身体のなかでタトゥーはこれだけ。誰かのために決められた時間通りに働きたくないし、私の時間は自分のために使いたいって思ったの。」
―――入れたタトゥーにパイラの強い意志が詰まっているんだね。音楽を始めたきっかけは?
「9歳の時に歌の教室へ通ったのがきっかけ。本格的に興味を持つようになったのは16歳でロサンゼルスへ行った時、音楽やフィルムのコンポーザーをやっている友だちが、楽器屋に連れて行ってくれて、どんな機材を使ったらいいのかを教えてくれたの。それと音楽をプロデュースするノウハウも。はじめは母親が運転するクルマのラジオで流れるR&Bに興味を持ったの。それからEDM、アンダーグラウンドのEDM、今はオルタナティブEDMを聞いたりする。ミュージシャンになりたいと思ったけれど、どうやったらなれるのかわからなかった。だから自分でレーベルを作って、自分自身をプロデュースしようって思ったの。ミュージシャンとしての価値を自分自身で位置づけしたかったから。」
―――ずっとインディペンデントで音楽活動しているの?
「ずっとセルフプロデュースでやってきて2018年にメジャーのレコード会社と契約したの。でも今はまたセルフプロデュースで音楽活動をしている。結局レーベルとの音楽作りには満足できなかった。人の言うことを聞いて音楽を作りたくかなったし、パッションがない人と音楽を作るなんてできなかったの。」
―――自分ですべてをやるDIY精神はいいと思う。どうしてロンドンに引っ越したの?
「ロンドンで音楽アワード「Best Asia Song、Best Artist in the World」にノミネートされて、「Best Solo Act in Asia」を受賞したんだよね。それまでロンドンに移り住むなんて考えてもいなかったけれど、そうやって賞をもらって注目されるようになったから、もしかしたらこれが私の進むべき道なのかもしれないと思って移住を決めたの。今はタイではない他の場所で試したいと思っている。」
―――パイラが歌う曲には自身の強い意志が表現されているって思う。どうやって曲を作っているの?
「まずラブソングは作らない。世界に存在する曲のほとんどはラブソングでしょ。でも私が作りたいのはそれじゃない。音楽を通して世界がどうやったらよくなるのかを考えている。人間性、フェミニズム、政治、資本主義とか、ハードな内容をカジュアルに語るようにしている。大切なことだけど、それを難しく話す必要はないから。」
―――以前、インスタライブでフォロワーの質問に答えていたよね。政治的なこと、セクシャリティのことや社会問題まで。どんな質問に対してもお世辞抜きでバンバンと答えていく姿がパイラらしく、見ていて気持ちよかった。パイラの音楽にも通じるところがあるなって。
「Q&Aね。最近はやっていないんだけどね。アレをやると私のこと気にくわないって思う人もいて、その後は必ずフォロワーが減るの(笑)。賛同してくれる人もいるけれど、多くの人は真実を知ることが嫌いな人もいるから。でも私には素直に答えるしかないからね。
―――すべてに対して正直に答えられる姿勢、みんなが期待している答えとは違っていても素直に言えるところがいいよ。パイラが作る音楽もすべて正直な気持ちを伝えているね。それが気持ちいいし、もしかしたら日本でもタイでもあそこまで真っ直ぐに伝える人は少ないのかも。
「私のアティチュードはパンク。行動や考えがダイレクトに音楽に反映していると思う。よく人からもパイラの音楽はリアルだねって言ってもらえる。日本人もそうなのかもしれないけど、特にタイの人はストレートに物を言うのが苦手な人も多いから。」
ーーーそしたら海外で活動するのもいいのかもね。ロンドンの生活はどう?
「ロンドンに住み始めて9ヶ月くらい。今の活動をするにはいい街だって思っている。もちろんバンコクもいいけれど、今の私には居心地が良すぎるって感じるから。そうするとどこにも進まない気がして、ロンドンならアーティストとして私自身の可能性を広げることができるって思う。それに私がターゲットとしているオーディエンスの人たちが聞いているミュージシャンがロンドンのアーティストが多いから、私の音楽はロンドンのマーケットに合っているんじゃないかな。私が作る音楽、ライブ、ファッションを理解してくれて、そのままを受け入れてくれている。私は自由に表現したくて、それをロンドンの人はそのまま受け入れてくれているの。」
―――音楽作りからプロモーションまで、すべてをやっているパイラはインディペンデントだね。
「私は猫をたくさん飼っているんだけれど、猫たちの性格が移ったのかも。飼い主に服従しないし、好きなことをやっているだけ(笑)。」
―――音楽以外で興味のあることは?
「食べること。ロンドンの食事もいいわよ、貧乏でなければだけど。もちろんリーズナブルでおいしい物もたくさんあるけれど、お金を出せばそれに見合った食べ物がたくさんある。残念なのはバンコクのように屋台がないことかな。それは恋しくなる。日本食だとすき焼きが好き。食べ物と音楽に共通点も多いから、ミュージシャンはみんな料理をすべきだって思う。ベストな食材と選んで、混ぜ合わせて料理すれば最高の音楽ができるし、食べ物ならおいしい物ができる。どんなクリエイティビティにも当てはまることかのかも。」
―――そうやってパイラが作り出した物は薄れることはないね。
「そうね。あっ、でも手の甲に入れたタトゥーの一部が少し消えかけているの。よく動かすし汗をかいたりしている部分。」
―――レタッチしないとね。
「明日、今度リリースする曲の写真撮影をするからぜひ見に来てよ。」
ⓒ Taku Takemura
ⓒ Taku Takemura
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翌日バンコク市内のフォトスタジオを訪れる。ヘアメイク、スタイリスト、たくさんのスタッフと撮影しているパイラ。作詞、作曲、パフォーマンス、ファッション、資金調達、今回のこの撮影もすべてがセルフプロデュース。昨日とは違いシリアスな表情はとても自信に満ちあふれている。自分で進む道を選び突き進んでいる彼女を見ているのはとても気持ちがいいのだ。バンコクで出会ったストーリーは世界に向けて発信される。この街にはまだまだたくさんの物語があるはずなのだ。
文:竹村卓
写真:呉屋慎吾
(プロフィール)
ⓒ Taku Takemura
Pyra
バンコク出身、ロンドン在住のミュージシャン。シンガー / プロデュースまですべてを自身でおこなう。毎年イギリスでおこなわれるニュー・ミュージカル・エクスプレス (NME Awards ) に3回ノミネート。「Best Solo Act from Asia」を受賞。「Forbes 30 Under 30 list」に名を連ねる。新曲『cut my tongue』をリリース。
Instagram@onlypyra
https://orcd.co/cutmytongue
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